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その海綿体に血液

風俗に行っている

普通の友達には言えわかんない人は気にしないでいいです。います。この面白いというのは、を完全に抜きにスケベ的意味だけではありまも、面白いあ、女白いとスケベです。それだけではありません、コスチュームだってありますね。私は、どういうわけか、意外なほどコスチューム属性が低い人なんですが、一般的には、男は女に色んな格好をさせてみたい生き物だと思います。色んな格好をさせてみたいというか、色んな格好をさせてエッチなことをしたい、というセットなんですが。コスプレの場合、コスチュームがアイテムであると同時に、それを着る女もアイテムの一部であると言っていいでしょう。女の子の着せ替え人形に近いニュアンスかもしれませんが、これも、男の子マインドです。
男の子がいかにコスチュームが好きかというのは、ネットに蔓延しているAVや写真、成年コミック、エロイラストなどを見れば、よく分かると思いますし、エッチ用に売られているコスチュームが、もう『ええっ、そんなものまで?』って、おおよそありとあらゆるコスチュームが売られていることを見ても分かるでしょう。更に、具体的な道具ではない、ただの行為も、男の子マインドを満たすものになりえます。つまり、前回はこんなことしたから、次はこれだ、次はこれだ、あんなこともこんなことも全部したぜ、という行為の制覇は、男の子が好きなことのひとつです。たとえば、コレクター的な『何々グッズを全部集めて嬉しいな』というのとも基本的に同じです。
あるいは、テーマパークなどに行って、これだけのアトラクションを制覇したんだから、いっそ全部のアトラクションを見てコンプリートしたい、なんてのも同じです。自己満足、(できれば他人にしたいけど、できなくても、自分に対する)自慢です。最近はブログがあるので、そういう種類の自慢を書いている人が多いですね。
『今度は、この道具を使ってみよう』とか『今度は、コレを使ってこんな風にしてみよう』とか『こんな格好させてみよう』とか『こんなことしてみよう』……うひひひひ
っていう嬉しさというか楽しさ、そういうワクワク感というのは、根本的にはこの男の子マインドだと思います。はっきり言って、SというのはSMオタクという種類のオタクである、と言っても過言ではないと思います。いや、これは本当にそうですよ。SMというのは、生き方であると同時に、濃い趣味のひとつでもありますからね。似て異なるものおわかりでしょうが、前者の探求心と後者の男の子マインドは、非常に似ています。

潮吹きは男女二人デリヘル嬢がチェックしすので無いと帰られてしまうので注意が必要です
セックスよりもデリヘル店は首都圏で言えば新宿が圧倒的に多く錦糸町のプレイは股間に当てて

風俗のなかでも特殊なプレイの店

エッチな方向へエッ

しかし、微妙に違います。探求心というのは、結果はどうあれ、最初は純粋な知的好奇心、知的欲求から発します。脳の高度な部分の欲求とも言えます。男の子マインドは、もっと原始的な本能の喜び、といっていいでしょう。例えばバイブを購入するとします。極端に表現すると『これはいったいどのような動きをして、これをどのように使うと、女性はどのように感じるだろうか·.·うーむ、こうだとあまり感じないのか、では、このようにするとどうだ·う~む、どうやらこれは、グッズとしてはいまひとつの完成度である。
もっと女性の肉体を感じさせる物があるはずである、次回は別の物を試してみよう』というのが探求心です。それに対して『わーい、買ったぞ、うれしいな。これで責めてやるんだ、うひひひ、うれしいな。次はアレも買おう、うれしいな、うひひ』というのが男の子マインドです。おわかりでしょうが、前者の探求心は割と持たない人が多い、特に最近はそーいう人が多いのに対し私はいつもこれが不思議でなりませんが、後者の男の子マインドは、たいていの男の子が備えているものです。私なんかは、エロであるとかないとかは全然別として、使う使わないも別として、もし、お金が大量にあって隠す場所があって死後も見つからない、という仮定があるならば、片っ端からバイブやグッズを買っていると思いますね。
だって面白いんですもの。現実にはお金も隠す場所も無尽蔵にないので、抑止が効いてしまいますが、基本そんなマインドだと。SMというのは男の子マインドを非常に満たしてくれる行為なので、探求心がなくても、基本的にSに進みやすいことは確かだと思います。
ただし、この男の子マインドが満たされるというのは、あくまでも男性の自己満足に過ぎず、そこに愛がなければ女性にとっては別に嬉しくもなんともないことなんですね、これが。たぶん、女性には、男の子マインドはちょっと感覚としては理解できないものかもしれません。ですが、もし、あなたが『信頼がどうこう、愛情がどうこう、と言いながら、結局は自分の欲望を満たすだけの自称S』とSM経験があるなら、ここで言ったことを当てはめてみてください。
ああ、あの人は、そういう人か、と、なんとなく、論理的に納得できる部分があるんじゃないでしょうか?
逆に、どんなに仲の良いSMカップルでも、『なんでそんなことに固執するのか分からない』とか、『なんでその道具にそんなにこだわるのか分からない』みたいに、多少は、女性は男性に対して、首をひねる部分があるのではないでしょうか?そもそも、男は道具や形にやたらとこだわりますし、視覚や聴覚で興奮する生き物ですが、女性は肉体的精神的に気持ちよければ、そういう部分にはあまりこだわりませんので、そのへんでズレがあります。けど、男のソレは、この『男の子マインド的な部分』に端を発している、ということを、理解してあげてください。

セックスをしている当人同士

感覚的に理解できなくても、愛しているなら、なるべく温かい目で見守ってあげて、つきあってあげるといいでしょう。

複数奴隷の謎

変なやつら

いわゆるS男性を自称する人のSMサイトを見ていると、気になることがあります。まー、その手のサイトがどういう感じで、なんでそんな風なのか、というような話は、それが本書の元になったサイトを作るきっかけのひとつでもあるので、割と大事な話なんですけど、後で『第二章1起動への道』で述べますので、ここでは省略しまして、話題を一点に絞ります。気になる点というのは、どういう点かというと、ほとんどの人が『複数の奴隷とプレイしている』ということなんです。だいたい、SMサイトを作ってる男ってのは、自慢げに愛奴の写真やプレイ内容を載せているわけで、結構アレは男から見ても気持ち悪いんですが、って個人的な感想はさておいて、そういう自慢が複数の女性対象になっている。
サイトそれも、変遷、つまり歴代のM奴隷ちゃん、ということではなく、同時に複数の人とやってる、ということです。いや、むろん、SMというのは人それぞれですし、ただの遊びというか、気楽な感じでエッチなプレイを楽しむというパターンも、もちろんあります。そういうことを否定するわけではない、それはそれでいいんですよ。個人的には好きではないけど、別に否定してるわけじゃありません。男には、たくさんの女とヤリたい心があるのは事実ですし、それそのものを否定するわけではないのです。気になるのは、そういうことじゃなくて、矛盾がひどすぎる、という点なんです。というのは、そういうサイトを作る人っていうのは、写真とかプレイの報告以外にも、色々と、偉そうなごたくを述べておられることが多いんですね。
で、特に、これは要するに、女性が読んだ場合、女性をひっかけやすいようにとでもいうか、馴しやすいようにとでもいうか、女性を説得しやすい言葉を書いておくというパターンが非常によく見られます。以前も述べたことがありますが、それこそ、ワンパターンというか、どこかに見本のフォーマットがあるんじゃなかろうか、と思うぐらいステレオタイプで、自称Sというのは実はみんな馬鹿なんじゃないのか、と思ったりするぐらいです。
ま、とにかく、いわゆる『紳』ということを語ってみたり、『愛情』を語ってみたりするわけです。もっとはっきり分かりやすく言えば、深く愛しますということを言っているようです。『愛があるから、愛情表現としてSMする』ということを、たいてい、非常に強く言っているわけです。要するに一言で言えば椅麗事です。これが妙なんですよ。こんなん嘘です。普通のつきあいで言っても、愛があって、複数の女性とつきあってたら、二股、三股じゃないですか。その時点でおかしいでしょ、それ?昔から、男性というのは『複数の女性を同時に愛せる生物である』と言います。それはおそらく事実だと思いますし、夫婦で不倫、恋人で二股など、現実にやる人も多いですが、しかし、現実にそれをやる場合、普通は二股してるのは一応隠すもんだというモラルがあるでしょう。堂々と公表したり、ましてやインターネットで世界中に配信したりはしないもんでしょう。

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セックスしているせい

つまり、そういうことを平然と公表する人というのは『SMだから、特殊だから二股、三股がオーケー』と潜在的にでも思っているわけで、その発想自体がやはりおかしいし、やはり非常識です。非常識だけど、初心者女性も、なんとなく、SMだからそういうもんだと思い込んでしまっていることが意外に多いんですよ。そんなことないです、SMのつきあいだろうがプラトニックのつきあいだろうか、妙なもんは妙なんですよ。以前、『SMという言葉自体が、特殊なフレームだから問題だ』という話をしましたが、こういう風に『SMだからそういうもんだ』思い込んだりするのも、その弊害のひとつです。
うケースで『愛奴』と表現していること自体に違和感があるんです。これは語感の問題なので個人差があるとは思いますが、私に言わせれば、そういうのは『奴隷』ではあるかもしれないけど、『愛奴』じゃないだろう、と思います。この時点でかなり妙なんですが、まあ、不倫の愛とか色々あるし、本質的には男は複数の女性を同時に愛せる性質を持っていることは事実ですので、複数との愛というのもあり得る仮定します。しかし、複数の愛を前提とした場合、そこにSMは成立しない、いや、非常にしにくいんです。逆に言えば、複数とSMしているなら、そこに大した愛はない、と考えないと、筋が通りにくいんです。ここが矛盾といった理由です。要するに両立しない(しにくい)にとを、両立しているように書いてる。
言い換えると、どちらか一方が本当なら、他方は嘘なはずなのに、両方を両立させて書いている、言ってることとやってることが違う、ということです。
もっと極端に言うと、そうい
Mの使うキャパシティSというのは、SMというのは、要するに一言で言うと『すごくディープなもの』なんですよ。ディープってのは、日本語で言えば『濃い』とか、そういう表現になりますが、だいたい、SM関係っていうのは、本来ものすごく時間を使うものなんです。逆に言うと、普段日常に追われていると、会社行ったり家事したり、色々サボれないことはあるわけですから、そちらが優先になってしまい、だから『時間がかかるので、なかなか、本格的にする暇がない』なんてことにもなりかねないし、我が家なんかそんな感じです。そのぐらい、SM関係は時間がかかるということです。この時間というのは、第一に、会ってSMをしている間の時間というのも、普通のセックスに比べて色々と『あーだこーだそーだ』やるわけで、逢かに時間を使います。普通の人のセックスの所要時間、というのは、ピンキリだろうとは思いますが、ラブホテルのご休憩が2時間が平均だということは、2時間あればまあ足りるだろう、とみなしていいと思います。むろん、2時間みっちりセックスばかりやっているわけではないですから、お届風呂に入ったりシャワー浴びたり、お話ししたりする時間、いろんなセックス以外の時間を含めても、2時間で事足りるのが標準的だと思っていいかと。
エッチを教え込まれた時のよう

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海外を含めた統計でも、性交時間はトータル30分以内、挿入時間は10分以内、なんて平均もあります(全世界で26%のシェアを持つコンドームメーカーのDurex社の調査でアメリカ19.7分、ドイツ22.2分、スペイン21.7分、イタリア20.1分、最長はイギリスの22.5分で、最短はタイの11.5分だそうです)。
ただし、こういうのはほとんどの調査が自己申告なため、誇張が入っているとみなすべきだ、と言われ、かなり割り引いて見るべきだとされていますよくあるペニスの長さなども同じです。まあ、ともかく、そう長くはないです。SMでも、お話ししたり、その他モロモロする時間は別にある上で、いろんなことをするから、まず2時間では無理ですね。もっともっと、長い時間、特にたまにしか会えないような場合は、みっちりやりますから、へたしたら半日とか、かかります。だから、プレイ自体の時間が、まず第一に長いです。ですが、ここで言っている時間というのは、それ以外の時間も含めての話です。普通の恋愛でも、本当に相手のことが好きなほど、相手のことを考えている時間というのは長くなりますね。
要は、脳の時間が占有される割合が増えるってことです。SMだと、それが余計に長くなる、と思えばいいかと。まあ、好き者ならば『今度はああしたい、こういうことをしよう』なんてことも妄想しますし、それにもずいぶん時間を使います。その上、やりたいことだけじゃなく、むろん、相手のことも考えます。この相手のことってのは、やっぱりSMは心理的、精神的なことの比重が大きいわけですから、本気で愛してるなら、当然、そういう部分に関わることを、色々考えることになるわけですよ。
中には、あまり複雑じゃないカップルもいるとは思いますが、本気でSMを求めている人っていうのは、たいてい精神的になんらかの問題を抱えてることが多いですから、ノーマルな恋愛に比べて、関係がややこしいことが多いです。ややこしいからこそ、それを乗り越えていくことで、紳が深くなるとも言えると思いますが、とにかく、つきあって、行為を通していくと、そういう部分が表面化してくるので、そうなると、S男性も対応、対処を迫られるわけで、悩むことも増えます。まあ、何に時間が取られるかはケース·バイ·ケースですが、とにかく、ほぼ、なんらかの形で『本当に愛のあるSM』ならば、かなりの時間を取られることは間違いないはずです。総じて分かりやすく言ってしまえば、本当に愛情のあるSM関係というのは、言うなれば『脳の占有時間が非常に長くなる』ということです。

風俗のパネルではほとんどの女性は顔を隠しているのだ

アソコを俺の顔に押し付けてき

普通の人なら、一日中、そのことばっかり考えてるわけにはいきません、仕事だってしなきゃいけないし、家事などの日常の作業だってしなきやいけない、他に日常の悩みだってあるでしょう。たとえばですね、あなたが家庭を持っている、いや、家庭じゃなく、友人との関係でも、家族との関係でもなんでもいいですが、とにかく、ブライベートになんらかの問題を抱えているとします。そこが、悩みです。その上で、更に仕事の悩みがあったとすれば、その2つだけで、相当に大変だということは、想像がつきますよね。それ以上、何個も悩みを増やすのは、ほとんど不可能だと思います。それと同じことなんです。いや、へたしたら、今のはたとえ話ではなく、実際に、家族との関係で悩み、仕事でも悩み、その上更にSMの脳の占有時間が加加わることだってあるわけですよ。そういう状況で、果たして、複数の愛奴を持つことが可能か、よく考えてみて欲しいんです。はっきり言って、キャパシティが追いつきません。物理的(時間的)に無理です。私の好きな脳科学者のある先生は、こう
いう状況を『脳悩の筋肉が疲労する』分かりやすい表現ですね。
と言ってます、世の中には、器用な人もいるでしょうから、絶対に無理だとは言いませんが、よっぽど器用で暇人じゃない限り、普通は無理です。なのに、複数の奴隷を持っている、ということは、どこかに矛盾がある、嘘がある、ということです。端的に言えば、複数であるというのは、実際には『あんまり、相手のことを真面目に考えてない』『一生懸命考えてない』から、脳のキャパシティが足りるんです。つまり、『愛情うんぬんと言ってることの方が欺晴の可能性が高い』ということですので、こういうタイプの男性と知り合おうとしている初心者M女性の方は、充分に注意した方がいいと思います。

苦痛と快楽

13痛くて気持ちいい本書は、SMの行為そのものに関しては、露骨になるので、あまり突っ込んだ描写は避けていますが、ここでは、SM固有の被虐性について考えてみます。
いわゆる『M』を自覚していない人や、経験のない人の中には『SMは痛いから嫌だ』という人がいます。自覚したM女性の中にも、少しだけ経験のある初心者は鞭は痛いから嫌だなどと言う人もいます。当たり前です、誰でも、痛いのは嫌です。そりゃあ、痛いのは痛いんですから、痛いんです。何言ってるかわかりませんね、いや、誰でも痛いものは痛いです、そして痛いのは怖いです。何が言いたいかっていうと、こういうことを言う人の多くが、ある勘違いをしている、ということです。それは何かというと『Mというのは、その種の行為が気持ちいい人』だという考えです。
いや、気持ちいいのは事実ですが、これは、つまり『痛みがなくなって、それが快感に変わる』、すなわち『痛みが快楽に転換される』と思っているということです。こういう勘違いは、メディアに登場するステレオタイプのMが、痛みを与えられて気持ちいい~!とあえいでいるようなものを見ていることから、発生している可能性が高いでしょう。極端なマゾヒストには、確かに快楽だけを感じる人もいるようです。人間は苦痛が強すぎる場合、その苦痛が精神を蝕むのを避けるため、脳内に快楽物質が放出されるように出来ていますから、生物学的にも快感を感じるように出来ていて、それほどおかしなことではないのですが、純粋に快楽だけを感じるケースは、どちらかといえば少数派でしょう。